防犯まちづくりのススメ

第14回「北米の開いた防犯」

北米・カリフォルニア州のロサンジェルスから南東へ100kmほどのところにアーバインという市があります。約170平方kmの市域のなかに、約30の計画的な住宅地区があり、約20万人が居住しています。この地域は北米でも最も治安が良い地域と言われており、私を中心とする研究グループでその理由を調査しました。

アーバイン警察で良好な治安の理由を伺ったところ、回答のひとつに「開発が行われる場合、基本的な安全水準を満たしているか、計画段階で警察のチェックを受けなければならないこと」が挙げられました。そのため、警察には都市計画の専門性を持つ職員が置かれており、彼らもまた防犯環境設計(第2回連載参照)をチェックの際の拠り所にしていました(図14-1)。

北米の開いた防犯

しかし、防犯環境設計の基本原則は日本の「監視性の確保」「領域性の強化」「接近の制御」「対象物の強化・回避」の4つとは異なっていました。前2つは同じなのですが、後2つが「アクティビティ」(活動)と「アイデンティティ」(独自性)に置き換わります。アクティビティというのは、地区内の人間活動を活発にし、人の目を増やすことで犯罪を起こりにくくするという考え方です。そのために、住宅と商業用途を混在させたり、魅力的な歩行者空間を作ったりして、歩きたくなるまちづくりを目指しています(図14-2)。

アーバイン警察から説明を受ける著者ら

アイデンティティというのは、独自性のあるまちづくりを通じて、居住者の愛着を育んだり、コミュニティを形成したりしようとする考え方です。アーバイン市には約30の計画的な住宅地区があると言いましたが、それぞれの地区が独自性を競い合っているようでした。例えば、初期に作られたある地区では、地区内のモニュメントやサインなどの素材を木と丸石で統一していました(図14-3)。計画的なまちづくりが独自性の創出を可能にしています。

魅力的な歩行者空間

日本の防犯環境設計の4つの基本原則のうち、アーバインにはなかった2つ、すなわち「接近の制御」「対象物の強化・回避」を追求した住宅地区が前回(第13回)で紹介したゲーテッド・コミュニティ(以下、GC)と言えます。個々の住宅には良いのですが、この2つの原則を複数の住宅を含む地区に当てはめるのは適切でないと思います。実は前回紹介したカリフォルニアのGCもアーバイン市内にあります。しかしGCの形態をとっている地区は市内にひとつだけで、その後作られた地区も外部に対して開かれたものとなっています。「GCは周辺の治安の悪さを客に伝えているようなものであり、安全なアーバインには必要ない」という営業所販売員のコメントが印象に残っています。

参考文献

樋野公宏・温井達也・柴田建・渡和由 (2008) 「戸建住宅地の防犯-アーバイン市での調査から 空間デザインとソフト面」、家とまちなみNo.57、pp.2-10

執筆・監修:独立行政法人建築研究所 主任研究員 工学博士(東京大学) 樋野 公宏

プロフィール 樋野氏との出逢い

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